「精神と肉体」

「精神と肉体」



精神と肉体は自覚した個人にとって即物的連動などしない。
ただ肉体の衰弱や疲労が全く影響を与えぬということではない。
無論、目的や方向性のない個人・自我の意識状態では肉体に大きく左右されやすいのは自明であるが。

 これは個人の死生観の自覚の強度に準じている。或いはどこまでこの意識状態を日常化し得ているか、とも。

 浅薄な無常観や相対的意識に呪縛されている魂はこの状況を断じて認めぬであろう。
 かかる状況は悲惨というしかないが、今日の時代はこの最も基本的、本質的問いに対して頗る無関心である。

 これは好んで困難や労苦、痛みを受け入れたくないという動物的防御本能に基づいた観点より導き出された個人の快不快という趣味趣向的感情による反応的考察判断なのである。
 現象的には地球規模の環境問題が世を賑わせている。だが、今一歩踏み込んで考察すれば明らかなこの人間・個人の自己認識という欠如のほうがより深刻な問題であるということを考えようともせぬ、という事こそ我々人間存在にとって最も大事で切迫した深刻極まりない問題である。
 我々個々人の想念、情念、思考の有り様がどれだけ人間の魂のみならず自然界に強い影響を与えているかを感受出来ぬ個々人の無自覚さと怠惰さが今後どのように現実化していくかは時とともに明らかになるであろうが、それも無自覚、無関心に見過ごされていくに違いない。

 これは嘆きや愚痴の類ではなく眼前の事実であり、如何ともし難い古今を通じての我々の根本的課題でもある。